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東京高等裁判所 昭和28年(う)3728号 判決 1954年3月06日

控訴人 被告人 広瀬広

弁護人 会沢連伸

検察官 中条義英

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一五、〇〇〇円に処する。

被告人から金五、〇〇〇円を追徴する。

右罰金を納めることができないときは、金三〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

但し本裁判確定の日から四年間右罰金刑の執行を猶予する。

被告人に対して公職選挙法第二五二条第一項を適用しない。

原審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人会沢連伸の控訴趣意は本判決末尾添付の控訴趣意書記載のとおりであるから、これについて判断する。

一、第二点の2について。

原審第三回公判期日に原審弁護人会沢連伸が被告人において本件金五、〇〇〇円を三村勇から供与を受けたことにつき被告人としては当時の実情により之を辞退することができなかつたこと即ち供与を受けざることの期待可能性がなかつたことを主張したこと所論のとおりなるは記録によつて明らかである。而して斯ように被告人に対し適法行為に出ることを期待し得ない旨の主張があるときは刑事訴訟法第三三五条第二項にいわゆる法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実の主張あるものとして之に対する判断を示す要あることも亦所論のとおりである。然し、その判断の判示方法は必ずしも常に斯る主張事実を特別に掲げて之に対し正面から直接に判示するを要するものではなく、その主張と反対の事実を認定することにより実際上間接に右主張否定の判断を示す方法を採ることも妨げない。而して原判決においては被告人が右金五、〇〇〇円を公職選挙の票数獲得方依頼された後その選挙運動の実費および報酬として供与されたとの事実を認定判示しているのであるから、間接ながら原審弁護人の右期待可能性の理論に基く事実主張に対して否定の判断を示しているものと解するを相当とする。故に右判断を判示せざることにより原判決には訴訟手続上の法令違反又は法令適用上の誤りありとなすは失当である。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 下関忠義)

控訴趣意

第二点法令の適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄さるべきである。

1原判決の主文において被告から金五千円を追徴し、法令の適用として公職選挙法第二二四条を掲げている。しかし本件記録を精査してその真相を究明すれば被告人に何等の不法の利益がない、この点については前叙第一点について陳述した通り右金五千円は原判決にいう昭和二十八年四月一日に交付を受けたと仮定して論を進める(本弁護人は右金円は保管していたのであつて交付を受けたのでないことには変りはないが)が同月六日に供与者三村勇の代理人である大金六郎に形式上は、右金円を貸与したことになつているが三村勇も大金六郎被告人の違反事件と牽連した事案で当時被告人として審理を受けていたのであつて若し有罪であるならば体刑になるやもはかりし得ず、又公民権をも停止される運命にあつたために、右金円を飽く迄戦傷軍人の実態調査費であるとの一本槍りで主張している以上右両名が被告より返還を受けたと証言することは、自己の右主張を否認することとなるので到底返還をうけたと証言することは不可能である、判例も又難きを強いる法の精神にあらずといつている点からみても当然である。又その後の被告人の行動をみても右金円が供与者三村勇即ち戦傷病者連合会に返還されたことは明らかであるというべきである。然らば若し右金円の価額を追徴し得ることを前提とすれば供与者である三村勇から追徴すべきであつて被告人より追徴した原判決は法令の適用を誤つたものといわなければならないから原判決は破棄さるべきである。

2本弁護人は原審公判廷において、被告人に期待可能性がないと主張していることに対して原判決は、何等判断をしていない、即ち仮りに被告人に責任能力も故意も有するに拘らず適性行為も期待することを得ざらしめるような例外的事情があることを主張したのである。刑事訴訟法第三三五条第一項の罪となるべき事実とは違法及び責任に関する原則型を充足する行為事実を指し同条第二項の犯罪の成立を妨げる理由というのは例外型としての適法又は責任阻却事由を指しているのであつて本弁護人は仮定的にその原則型の充足は一応肯定しての上、その充足から引出される一応の推定を破るような例外型的事実が存在すると主張したのであるから原審はそれに関する自己の判断を示すべきであつたのである。然るに原審判決は前掲の通りであつて本弁護人の主張を全く看過して之に対して示すべき判断を逸脱しているのである。或は原判決の事実を認めたことが本弁護人の主張に対して所謂黙示的判断を示したのだというものであろうか、若しそうであるとするならば刑事訴訟法第三三九条第二項は全く無意味になるばかりでなく原判決ではこれを以て黙示的の判断があるとは到底受取れないのである。万一飽く迄も原判決が黙示的の判断をなしたのだとすれば、原判決は全く錯誤に基けるものであるというより外はない。従つて原判決は破棄さるべきである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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